ここ最近の活動がブログ・あいうえお作文・モンスターのオワコン三刀流のゾロである私でしたが、全部煮詰まって終わっています。そんな中、同時多発的に散歩をして記事化しようという提案があったので、これを機に、つまりは“散歩”を完遂、完遂することで、完遂することを以て、全てをあるべき場所に据え戻す第一歩としたい思います。
私が散歩をブログ記事にするのは初めてではなく、過去に知立駅前と七宝町を散歩してあれこれ書いたのですが、諸々の点で到底満足のいく記事ではありませんでした。そのリベンジとして今回、真のブログ記事「散歩」を完成させるために、新たに3通りの方法を考えました。従来の方法と合わせて4回散歩を試みます。
①写真でひとことさんぽ
「写真でひとことさんぽ」とは、散歩中目についたものを逐次写真に撮り、ひとこと添えて記事で紹介するというものです。要は一般的なブロガーの散歩であり、散歩ログでしょう。より正確に言えば、散歩ハイライトでしょうか。
かく言う私も一介のブログ・ソルジャーですから、過去に経験があります。知立と七宝でした散歩はこの方法で行われました。そしてそれが気に入っていないのですが、不満点は後で書きたいと思います。
別に目新しくもないので、やや手短にしたいと思います。
さて3月12日の雨上がりの午後、所用で大学を訪れたついでに歩き散らかします。今回は北部をメインに回っていきます。

田(だ)です。始まりと終わりの地であるところの。真に始まりないし終わりの地であるためには、同時に他方でもなければならない気がしますね。こういう意味ありげなだけの言葉を大学入学以来ずっと言っていたら、言葉と思考がスカスカになって死にました。
田は神殿を思わせる様相をしていますが、また祭壇のようにも感じます。こんなシンボリックな建築物なのにすごい水平というか、キング・オブ・大学講堂である東大安田講堂がそうであるような「垂直に伸びて聳え立つ」建築とは対照的に感じます。「聳え立つ」というより「立ち塞がる」、それどころか、特に前庭・1グリ越しに見たときには「空を/無を頂いている」ようにも思われます。
豊田講堂を紹介する文章は大抵モダニズム建築云々という半ば紋切り型とも言える表現で片付けがちですが、何か自分なりの表現を持っていたいと常々思いますね。

顧みれば、坑儒してました。

■が歩いてました。

古墳?
教養教育院(および情報学部)の前身であるかつての第八高等学校の校地(現・名市大滝子キャンパス)にはその名も八高古墳があったらしいので、やっぱキャンパスにはコンビニなんかより古墳がないとダメらしいですね。落単古墳マン*1を名大にも召喚しよう。

本当に駐輪場なのか分からなくておそるおそる駐まっている自転車

状態異常ブロック

デカい機械、壊す!

しっかりしろ!

禁じられたベンチ

道の脇にしょっちゅう、取り沙汰するほどでもないがちょっと目をひくもの、半壊したもの、朽ちたものが落ちていて、それらに対して何か言おうとするけどやっぱり取り沙汰するほどでもないから言えなくて、たまりかねて撮った特に取り沙汰するほどでもないもの

HOT NEWS!

無題

!

名大トレント

名大スモーキング・ストッパー
喫煙を阻止するために、大きい手をしている
感想
写真でひとこと散歩は、いわば記事化のための散歩です。記事化のことを常に念頭に置いているために、散歩中「何かひとこと言えそうなものを探さなければ」というプレッシャーに常に晒され、これが散歩を不自然なものにしている感がどうしても否めません。散歩が散歩者から乖離してしまっている感じがします。しかしかといって、ただボーッと歩いていたら形式上何も記事に書いて残せないので、仕方ありません。
そしてこう、記事上に写真とひとことを載せるわけですが、見返してみると、これが果たして私のした散歩だったのか?...と訝しがられます。この前の散歩が、なんでこんなただの弱い大喜利に?言ってみれば、記事と散歩が乖離してしまっているようです。
そこで、ノヴム・オルガヌム...
②神託さんぽ
写真でひとこと散歩においては、気の利いた「ひとこと」を思いつかねば記事にならない、というプレッシャーが散歩を台無しにしていました。
それではもう、先にひとことを決めてしまえばいいのではないでしょうか?
つまり、
散歩する→何らかの印象を受ける→ひとこと
という従来の流れを逆転させて、
ひとことを受け取る(神託)→ひとことの印象を漠然と記憶する→散歩する
のようにすれば、ほぼ必然的に記事と散歩、記事と散歩者が一致するのではないでしょうか?ブログが散歩に従うのではなく、散歩がブログに従うのです。
ここで重要になってくるのがいかに神託を生成するかですが、私には妙案があります。題して図書館資料IDガチャです。名大の図書館の蔵書には8桁の資料IDが振られているのですが、図書館の検索機に適当な数字を打ち込んで、未知の書を召喚します。
10XXXXXX、11XXXXXX、12XXXXXXから各3冊ずつ選んだ後で、それぞれ微妙な1冊を落として6冊に絞ります。









あとはそれぞれ適当に数ページ読んで、良さげな文章をいくつか控えたら、南部に、夜闇に繰り出すぜ。

また維摩経には唯一絶対を意味する不二はいずれかと言えば無縁であって『玄論』『義疏』に吉蔵がそれを縷説するのは冗説の謗りを免れないばかりでなく却って維摩経の経意を曖昧にしている。不二はやはり相対する二法の差別性を否定する属性的具体的不二を指すのであって、不二の語が無二不比の全一的真理を指すことは珍しい。(中略)吉蔵の不二観のように先匠の見解に無批判に追従するのでは仏教教理の解明される日はいよいよ遠い。
(大鹿實秋『維摩経の研究』, 平楽寺書店, 1988, p426-427)


『日本霊異記』に、田中真人広虫女という県主の妻の話がある。田畑をもち、馬や牛や奴婢も大勢使っている金持ちであったが、広虫女は欲が深く、酒に水を加えて量をふやし、これを人々に売って大もうけをしていた。酒づくりの長を「杜氏」というが、刀自(家長にあたる女)から転じたものである。
(桜井正信『新日本女性史:歴史の流れにたくましく生きた女性群像』, 有峰書店, 1979, p )


中国南部の下層の人々は、服にたくさんの綿を入れたのである。けれども、綿を服に入れすぎると、雨雪のときに濡れた場合、なかなか乾燥しにくく、非常に困ることになってしまう。それゆえ、南部で暮らす中国人たちは雨雪を恐れ、そのような場合はほとんど働かなくなる。(中略)先述したように、雨雪が降ると、たくさんの綿を入れた服を着た中国人たちが働かなくなり、この雨雪を恐れるといったことは、「伏見」の艦長であった桂頼三の仕事にも影響を及ぼしたのである。
(劉玲芳『近代日本と中国の装いの交流史:身装文化の相互認識から相互摂取まで』, 大阪大学出版会, 2020, p.68)

S君 うーーーん,iのi乗か,iのi乗,iのi乗...,“アイ”の“アイ”乗....なんだか頭がこんぐらかってきたようだ.


「聖書を解釈する方法」について、彼は言うーー「聖書自体が明白きわまりない形で教えていないようなことは、なに一つ聖書について主張しないし、聖書の教えと認めない」。すなわち、聖書のみを根拠に聖書を理解する。聖書を規範にして聖書を読む。観念を観念に折り重ねる/反照させる「反省的認識」の方法だ。
(市田良彦『ルイ・アルチュセール:行方不明者の哲学』, 岩波書店, 2018, p.118)


自動制御ユニットはサイリストモータの中枢部であり、部品点数が最も多く、半導体が数多く使用されているところである。このため、故障する確立(ママ)も他の部分に比較して多いので、その動作状態のチェック、保守点検、部品の交換、調整が容易な構成、構造でなければならない。

所感
ザコの吐露ですが、神託が荒唐無稽過ぎてちょっとビックリしてしまいました。ある意味期待通りだったのですが...。
神託のニュアンスを写真に仄めかすのが難しすぎました。全く無関係な写真を撮ってもモヤつきますし。神託が文章なのが良くない気もしましたが、単語だったらだったでただの「お題写真散歩」になっていたことでしょう。
やはり薄々思っていましたが、少なくともカメラを飼い慣らせていない人間が、写真によって散歩の経験の全体を提示するというのは不可能かもしれません。というか、言う順序が逆になってしまいましたが、何らかの方法で散歩の経験の全体を一挙に提示するのでなければ、ブログ記事「散歩」は成し遂げられない気がしてきました。でも、そんなこと言ってもなあ...
さて、この後は...
③自由記述さんぽ
散歩中に感じたことを1枚紙に文字・イラスト関係なく自由に書く。
④BeReal散歩
散歩中、数分おきにアラームが鳴動するので、その都度自分の向いている正面の写真と思っていることをつける。
をしようと考えていましたが、たかが知れてるので辞めました。散歩の経験を散歩者から切断して殺すことなく、また記事からも切断することなく記事にする方法を編み出さねばならないわけですが、そんな方法が、こんなテクニカルなもの、妙ちきりんなものであるはずがないからです。思いもよらぬ方法が思いもよらぬわけがないのです。
(結局ひとこと散歩が一番散歩記事として誠実なのではないか?...)
私は緩慢に追い詰められていました。企画にはしれっと締め切りがありました。全然会心の策を講じられていないのに。秋の日はつるべ落としと言いますが、最近は毎年毎月がつるべ落としです。人生の秋かもしれません。もう三月末ですか。先月まで二月だったのに...。
締め切り前日の夜。久々に会った友人と入った星ヶ丘のジャパレンで、バタピーとチャミスルピーチのウーロン茶割りを摂取して体積が3倍になっていた私は、そのまま3倍のストライドで名大へ走りました。夜11時です。翌日がバイトだったので、このタイミングしかありませんでした。
道中思ったのは、やはり、散歩の経験の総体を一挙に、全く偽りない形で提出するためには、それも言葉によって提出するためには、ポエムしかない。段階的に、漸次的に記録を作っていくのではなく、一撃で全部言うことでしか、それは達成されない。
となれば...
③あいうえおくのほそ道
あいうえお作文しかありません。本当に私にはそれしか選択肢がありませんでした。バカの一つ覚えと言われればそれまでですが、一応消去法も採っているので仕方ありません。
あいうえおくのほそ道とは、あいうえお作文をしながらする散歩のことです。
松尾芭蕉はカメラを持っていなかったので情景を詠まざるを得ませんでしたが、我々はもはや情景を詠む必要がありません。
以下はGoogle Keepのメモのスクショです。





この作文は完成しませんでした。ご覧の通りです。


このへんで酔いが醒めてきて、作文と馬糞の見分けがつかなくなってきます。ポエマーの方には分かってもらえるかもしれませんが、ポエムは“全”か“無”か、どちらかの状態でなければ吐けません。しかし運良く、すぐに豊田講堂に帰ってきました。

感想
意外と手応えがありました。何が何だったのか全然ピンと来てないかと思いますが、万が一この作文があなたに"伝わっ"てしまったら、私はあなたを殺さねばなりません。
作文は、例えるなら文字化けしていると思ってください。私には、「能褒野のボノボ」の気持ちが分かるのです。それは、そう定義したからです。
多分締め切りがなかったらとっくに放棄していましたが、やっぱり行動に移すのって大事ですね。可能性の間で無限に揺れているものが、たった一つの形に不可逆的に収斂する奇跡に震えます。