大学生の自由帳

ペンギンパニックとエノキ工場の香り

妖精と狼

 

小さい頃、風邪を引いて寝ていると、毎度のように同じ夢を見ていました。寝ている僕の枕元を、手のひらに乗るほど小さく、ひものように細い体とハート型の頭を持つ妖精のような生き物が歩いていく夢です。

ハート頭の妖精は歩きながら鉄琴を軽く叩いたような音を発するのですが、なぜかその音が耐えられないほど不快で、僕はいつも大声をあげて身をよじり、苦しんでいました。ハート頭の妖精を追い払おうと手を伸ばしても妖精の行動には干渉できず、僕はひたすら歯を食いしばり、脳の中まで響くような異音に喘ぐことしかできませんでした。

そんな悪夢もいつかは覚めて終わるのですが、その終わり方も毎回同じでした。
僕の妖精に対する憎悪が最高潮に達すると、それに呼応するように、部屋の窓ガラスを突き破って1匹の狼が僕の前に現れるのです。そして狼はハート頭の妖精を真っ二つに引きちぎって成敗し、ついでに部屋中を所狭しと駆け回って僕の顔やお腹をしこたま踏みつけてから部屋を去っていきます。
(こういった、幼児が体調を崩した時に見る夢や幻覚を「熱せん妄」といい、人によってその内容が毎回同じものだったり毎回違うものだったりするそうです。)

小学生になってからは風邪を引いてもそのような夢を見なくなったのですが、最近「インフルエンザかもしれない」と感じるほど重い風邪を引いて寝込んだ時に、枕元をあの妖精が歩いていたのです。身体はとても苦しかったのですが、頭の中では「あっ、あの時のあいつ!」とテンションが上がっていました。
しかし、幼い頃に見たあの夢とは異なる点が2つありました。ひとつは、あれから10年以上の時を過ごして「指の骨にヒビが入る」、「膝の骨が剥がれる」、「バイト先で酔っ払ったお客さんにメガホンでタコ殴りにされる」などの様々な苦痛を経験した僕にとって、妖精が鳴らす鉄琴のような音が耐えられないほど不快ではなかったことです。もうひとつは、僕がその音に耐性をつけてしまったために妖精に対する怒りが湧かず、狼が出現しなかったことです。

僕は既に、あの狼に会うには大人になりすぎていました。窓ガラスを割ったり人の頭を踏んだり、とても善良とは言えなくて迷惑な彼ですが、もう二度と会えないとなると、それはそれで少し寂しい気もします。